2019年04月29日

PENTAX K100D Super 600万画素CCDは今でも有効なんでしょうか?

今は搭載されていませんが、昔はCCDという撮像素子が、普通に搭載されていました。
とか言わなくても、まだ通じるCCDですが、ものすごく久しぶりにCCDのカメラを使ってみました。
何年かに一度やってみるのですが、古いカメラはどうだったかという確認と、現在の処理技術で現像した写真に興味があるからです。
こういうのは、何度もやってたら見慣れてしまうので、しばらく時間を置いてやると分かりやすいのもあります。
あと、CCDはCMOSとは基本的に画質が異なるので、使ってたカメラは売らずに残してます。売っても大したお金になりませんし。
昔は、高画素化による弊害に関してよく言われていたものですが、そういうのもあって、低画素機は手元に置いておきたかったのもあります。
あと、ぼくが初めて使ったデジタル一眼レフ機はK100Dだったのもあり、その発展型のSuperは、保管の意味も込めて購入したのもあります。

PK1N0023.jpg
さて、このK100D Superなんですが、久々に持ってみた感想は・・

☆思ったより重い (乾電池仕様によるものか?)
☆ファインダーが小さい、見にくい
☆AFの音が大きい (今のペンタ機種も、ボディー内モータを使えばうるさいけど、それよりも大きい)
☆シャッター音が大きい (ガシャッという音)
☆動きがもっさり  (あらゆるレスポンスは良いとは言えない とにかく遅い)
☆液晶が小さく、確認画面の画質も悪く、レスポンスが悪い

とくに褒められた点は無いようです・・というか、この10年で、カメラが随分改良されたのがよく分かります。
しかし待て・・
最も重要な画質はどうなのか?
当時の話ですが、K-7が出てくる少し前が、当方がデジタル一眼を始めた時期です。
K100DとK10Dの二台体制で、SIGMAのSD14も持っていました。(すべて今も持っている)
K-7は購入しましたが、K100DやK10Dに対して、画質が好きになれず、K-5の登場とともに、すぐに手放したような記憶があります。
K-7のボディーは、現代的な感じで、レスポンスも良く、グリップのフィット感もバッチリで良いカメラだったのですが、ベタッっとしてのっぺりとした画質が好きではありませんでした。あと、何だか立体感に乏しいとも思っていました。
この点は、当時のキヤノン機にも感じていましたが、それが撮像素子の違いということは、すぐに気がつきました。
K-5の時も同じことを感じていて、メイン機は相変わらずk10Dだったのです。
ただ、この時から、カメラはぐっと現代的な画質になって、高感度も劇的に良くなりました。この時期から、センサーの高画質化も鈍化して、この後に出るK-5Usのあたりから、基本的な画質の向上は、それほどありません。その代わりセンサーの処理速度は速くなりました。
K5Usで、ローパスレスの味を知ってから、やっと本格的にCMOS機を使うようになって、CCD機は退役しました。

IMGP0723.jpg
(PENTAX K100D Super/SMC PENTAX-DA 70mm F2.4 Limited)
久々に撮った写真がこれです。
実は、このような記事を書こうと思って撮ったものではなくて、ペットの日記用に撮った写真です。
そんな感じですが、この写真を見てから、今更CCDの低画素機を見直してみようと思ったわけです。
というのも、最近はフルサイズ機を使うことが多くなりましたが、この写真のほうが、妙に立体感があると感じたからです。これは、もちろん、しばらく見なかったことによって新鮮に見えるから、そう感じる面もあるかもしれません。よくある、新型機で初めて撮った時に感じる写真が綺麗になった感に近いものがあるかもしれません。見慣れたものと違うものが出てきたら、人間インパクトを感じてしまったりするものだと思います。
このカチッとした感じは、CCDが生み出す、独特の質感によるものだと思いますが、細部描写は甘いにも関わらず、妙に立体的になります。マイクロコントラストの違いによる影響かな?細部を高テクスチャ化することで立体感を増すというやり方は、絵画では普通にやります。ボケの諧調は対比されるためか異様に滑らかに見えます。
あと、CMOSが光沢紙的な絵を出すのに対して、CCDはマット紙的な絵を出すように思います。






つづき
posted by 薔薇迷写真部 at 00:39| Comment(0) | 部長の独り言